イエスキリスト、羊飼いの囲い。

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今日は聖書より霊的真理を勉強したいと思います。
聖書と言うのは、大霊・神の言葉を直接聞き、それを伝えたイエスの教えを記録した書です。
何度も人間の都合により書き換えられてはいるものの、要所要所に本質は残っているでしょう。

現在イエスは、霊的真理普及の陣頭指揮を執る最高指導者として大霊のもっとも近いところで働いている最高霊です。
もう人間として生まれる事は決してありません。

イエスはその当時の庶民に分かりやすく真理を説く為に様々なたとえ話を用いて説かれました。
その当時は分かりやすかったのでしょうが、生活が大きく変化している現代では通訳が必要です。まして日本では文化自体が異なるので尚更です。
その中でも今日紹介する1節は特にそうかもしれません。
実際に、当時イエスを殺害する為に言葉の上げ足を探していたファリサイ派の人たちも何を言っているのか分からなかったと記されています。

ヨハネによる福音書10章1節より

「羊の囲い」のたとえ


1よくよく言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。
2門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、付いて行く。
しかし、ほかの者には決して付いて行かず、逃げ去る。その人の声を知らないからである。


なんのこっちゃ?
そんな声が聞こえて来そうですね。

門とは大霊・神の事です。
羊飼いは大霊の言葉、霊的真理を説く「人」となります。ここではイエスです。
そして羊はまだ大霊の存在、霊的真理を知らない民衆です。
こうして読むと意味が伝わってくると思います。

腐敗した世の中から一人でも多くの民衆に神の存在を知らせる為に生まれたイエスですが、多くの民衆、権力者から迫害されました。
この現実を前にイエスは「羊の囲いのたとえ」を説いたのです。

羊の囲いに入るとは、人間の世界、民衆の中に入るという事です。
その中で救いの真理をいくら説いても、
闇の世界から生まれた人に神の声は届かない。真理が神の声だと知らないからである。
光の世界から生まれた人は神の声を聞き分ける。学歴や知識がなくても、その声を知っているからである。
つまり、理屈では理解出来なくても魂がちゃんと正しい真理と偽りの真理を聞き分けると言っているのです。

また逆の説明をすると、
どんな誘惑や暴力で民衆を動かそうとしても、光の世界から生まれた人を屈する事は出来ない。
光の世界の人は闇の世界の人には決して付いて行かず、逃げ去る。それは、その人の声を知らないからである。
と説けます。

この教えは、私が導信活動をする中でも大変慰められている教えです。
自分が光の道を歩む限り、どのような現実を突きつけられようともそれに心を痛めなくても大丈夫だという教えです。
皆さんも。

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