• HOME
  • 霊的真理とは

霊的真理って何だろう?

どんな人も、どんな人生も、特別な意味があります。
それを教えるのが霊的真理です。

霊的真理ってどういう意味?

まずはじめに「霊的真理」という言葉の意味ですが、「霊的視点で見た場合の真実」ということです。
この「霊的に…」という言葉が来ると一気に現実離れの理解し難い幻想の世界に入って行くような気持ちになってしまう人も多いかもしれませんので、これから出来る限り単純に分かりやすく霊について説明します。

そもそも、霊ってなに?

ご存じの通り、地球ではすべてのものが何らかの物質によって固体化した物体です。水も石も植物も動物も、そして人間も。

次が重要なポイントです。
でも、肉体そのものが生きているのではありません。

肉体自体に意思はありません。
与えられた機能と法則に基づいて動いているだけです。
肉体が動いているのはこの物体を動かしている生命があるからです。
この生命の源が「霊」です。
生命そのものである霊が肉体から離れたら、瞬時に肉体の機能は停止し元の物質に分解され消滅します。
これを人は死と呼んでいますが、あなたの生命・存在の死ではなく、あくまで肉体の使用をやめたというに過ぎません。

あなたという存在は何かと言えば

肉体から生まれた生命ではなく、
肉体を使って生きる生命、つまり霊なのです。

だから、肉体があろうが無かろうが、あなたという生命・霊は元から存在しているのです。

地球という物質界で認識され生きていく為には、物質化した肉体を使わなければならないので霊がわざわざ物体をまとい生まれる仕組みが出来ているのです。

あなたは今も、肉体の死後も、同じ霊(あなた)です。

良くも悪くも、肉体の死があなた自身に変化をもたらす事はありません。
相も変わらず、あなたはあなたでしかありません。それが幸か不幸か、それは今のあなたを見れば一目瞭然です。
私たちが人生をスタートした目的、課題は山ほどあります。しかし人生はあっという間に過ぎ肉体の使用期限が終了します。
有意義な人生を送る為には正しい霊的知識を身に付ける事が不可欠です。

人生の目的は一つです!
死後の生活に備えること。

あなたには、あなたの人生で成し遂げなければならない重要な課題があります。
その課題に向き合い、その経験の中で魂を磨いていく、まさにその中に本当の幸せがあります。
人生は喜怒哀楽です。
喜びから学び、怒りから学び、哀しみから学び、楽しさから学びます。

そして、人生の教訓をもって本来の霊界での生活に入って行きます。
この人生が、永遠に始まる霊界での生き方を決定付けるのです。

正しい霊的知識の「ある人生」と「ない人生」

霊的知識の「ない」人生

変化する5つの価値観

☑人間は肉体と共に消滅する存在という価値観になる
☑肉体の不老不死が人類最大の目標になる
☑生きているうちにしか価値がなくなり人間は好き勝手に生き始める(秩序の崩壊)
☑自殺が逃げ道になる
☑利他愛の価値は失なわれ、自己愛が蔓延する(戦争が終わらない)

 

霊的真理の「ある」人生

変化する5つの価値観

✅人生は死後の生活の準備という価値観になる
✅物理的な損得勘定ではなく、精神(霊)的な満足感を求めるようになる
✅他人との比較ではなく、自分自身の理性と感情に目を向けるようになる
✅人生に対するチャレンジ精神、勇気、自信が湧く
✅すべての人を許し、愛する心が芽生える

霊的真理を身に付けた人は

◉自分の感情をコントロール出来る
◉不安が消え、どんな時でも希望を失わない
◉感謝の気持ちが深く、謙虚になる
◉利他愛の精神で行動出来る
◉生きる意義を見い出す(生命力が湧き上がる)

霊的真理に基づくキーワード10

孤独になる霊は一人もいません。
どんな時にもあなたに寄り添う霊が必ずいます。

最悪な事が起こった時、それは最高の幸せが目の前に来ているという事。

人と比べても答えは見つからない。
あなたはあなただけに用意された特別な人生を歩んでいるから。

過去も未来も幻想でしかありません。
現実にあるのは「今」この瞬間だけ。

あなたの精神性は霊的なバイブレーション(波動)を発揮させます。
それはあらゆる現実を創り出していきます。

投げやりに生きていると低級霊に憑依されます。
完全に思考を支配されると自力で元に戻る事は不可能になります。

想った事は必ず実現します。
実現出来ない事は想像出来ないからです。

地球には人霊以外に多くの種類の霊が共存しています。
人間が共存を怠ると他の霊の怒りは突発的な事故と災害という形で現れます。

祈りは森羅万象を支配する大いなる霊と繋がる神聖な行為です。
欲に任せたお願いなどするものではありません。

人の役に立つチャンスを逃してはいけません。
自分が与えたものしか自分の未来には与えられないからです。