• HOME
  • 12の人生教訓

12の人生教訓

12の人生教訓

法則は誰にも変えられない宇宙の摂理ですが、その中でどう生きるかは各自の自由意思です。心豊かに、心穏やかに生きていくには先人たちの智慧に学ぶ事が一番です。ここでは、霊的法則に則った人生の教訓を紹介していきます。
各教訓のより具体的・実践的な説明はオンライン講話にて行っています。

5教科の教訓

人生は魂に新しい経験と学びを与える修行だと言ってきましたが、人生の中では5つの環境に分け、それぞれの人間関係を通して学びを深めています。自分自身、家族、職場、地域、人類です。今世はどの環境をより多く使うかによって自分の課題が克服されるか予め計画してきます。それに従い人生の苦労の場所が変わって来ます。これが私たち魂の学びの5教科です。
例えば前世ですでに家庭的な学びを成就していれば、今世では家庭に使う時間を他の環境の学びに使うものです。この場合、結婚や出産というシチュエーションを宿命に入れていない場合もあります。
人生を一括りに考えるのではなく、5つの人生を自分は歩んでいるという感覚を持ちましょう。そうする事でどれか一つの環境で苦難に見舞われても他の4つの環境では気持ちを切り替えて生きて行けるでしょう。
人を羨む時、それはどれか特定の環境を見て自分と比べているに過ぎません。その一環境は恵まれていても他の環境ではあなた以上に苦労しているかもしれません。

線引きの教訓

人間関係がうまく行かない人はこの線引きの法則を理解し実践しましょう。まずは「5教科の教訓」の5つの環境それぞれの人間関係をしっかり線引きして付き合いましょう。人間関係が崩れる一番の原因は求め過ぎる事です。
職場で仲の良い人がいたとしても、そこはあくまで職場の同僚です。家族や親友に求めるような事まで求めては距離感が崩れてしまいます。逆に家族に対してビジネス的な損得を求めては人間関係が崩れます。
つまり、付き合い方をわきまえるという事です。親しき仲にも礼儀あり、どんな親しい仲でも土足で家に入るような事をしてはいけないと昔から言うものです。
ここは職場、ここは家族、というようにしっかりとそれぞれの人間関係に線を引き付き合う距離感を保ちましょう。冒頭に言いましたが、慣れてくると人は相手に求めすぎるものです。
夫婦関係が長く続かない原因もここにあります。慣れて来るとお互いの要求がエスカレートしていきます。そのうちに「私がこれだけしたのに、あなたはまだこれしかやっていない」という様な損得勘定で付き合うようになれば家族として長く付き合う事は出来ません。

自灯明・法灯明の教訓

人生を踏み外さずに真っ直ぐ自分らしく歩む為には二つの教訓が必要です。まずは法灯明(ほうとうみょう)です。
法灯明の法とは二つあり、まずは法律の法です。それぞれの国や自治体で定められた法律をみんなが守る事で平和な生活を送ることが出来ます。
もう一つの意味は、霊的法則の法です。人生はもちろん、その後の霊界での生活もこの霊的法則に沿って私たちは生きていきます。人間が作った法律よりもはるかに重要な法です。この法を人生(魂)の灯火として生きていく事を法灯明と言います。
そして自灯明(じとうみょう)とは、自分自身を主体にして人生を歩むという意味です。自分自身とは、自分の本体(主)である「霊」に従って生きる事です。霊から湧き上がる感情は理性、勇気、希望、愛と言った神性・仏性です。
人生に迷った時、選択すべきは統計に基づく理論理屈ではなく、霊から湧き上がる本能(インスピレーション)です。

断捨離の教訓

断捨離(だんしゃり)とは、身の廻りをキレイに整理するという意味です。持ち物を処分し整理する事もですが、心を整理する意味でもあります。物にもエナジー・波長があります。そのエネジーには人の念も付着します。楽しい想い出が残る物であればいいのですが、過去を引きずるような物は潔く処分しましょう。その念が新しい出逢いや人生を妨げるからです。
使わなくなった物も処分しましょう。特に想い入れはないとしても冒頭で言ったように物自体にもエナジー・波長があるのですから、ごちゃごちゃとしまい込んだ物同士が集まったエナジー・波長が良いわけがありません。
静かな場所で聞く音楽は低い音量でもちゃんと聞こえるのと同じで、スッキリと整理された場所では小さなエナジーでも十分運気を上げてくれる事でしょう。

体魂離別の教訓

私たち霊は肉体と霊体を持って生きています。(詳しくは他のエネルギー体も持っていますがここでは話しを単純化する為に省略します)
人として生きているうちは物的な肉体しか感じられませんが、その肉体を使っている主は霊体のあなたです。ここでの教訓は特に病気を患う人に必要な霊的教訓です。
あなたがどんな病気をしたとしても、それはあなた自身が病気になっているのではなく、あなたが使用している肉体が病気になっているだけだと考えて下さい。
肉体の病気と一緒に、あなた自身まで病気になってはいけません。それはあなたが所有する車に故障が見つかったからといって運転手であるあなたまで病気になる必要はありません。車のスピードが出なくなったのならそれに見合うスピードでドライブに出掛ければいいのです。もしその車が動かなくなったら、ドライブは諦めて物置やオブジェに使えばいいのです。
肉体的苦痛は、精神(魂)も乱してしまう事は事実ですが、肉体と魂を意識的にそして意図的に切り離して考え、出来るだけ肉体に魂が乱されないようにしましょう。

スパイラルの教訓

生きている実感が湧かない人、同じような人生を繰り返している様な気持ちになっている人は、人生周期のスパイラルから外れているかもしれません。人生周期というのは、サークルを横に繋げたようになっています。そしてそのサークル(人生周期)を一周する中でその時代の学びをし次のサークル(人生周期)に移っていきます。
人生周期の変わり目に何らかの理由で次のステップに進めずにいる場合、もう卒業してもいいはずの人生周期をまたクルクルと回っている可能性があります。ステップアップのチャンスを逃したのは誰でもない自分自身ですが、人生の次のステップに自主的に進んで行くのもまた自分自身です。
自分の成長が止まっていると感じている人は、新しい人生に一歩踏み出してみましょう。

半径1mの教訓

人生に、そして周囲の人に惑わされずに生きていく為に最も重要な教訓と言っても過言ではありません。半径1メートルとは実際の距離ではなく自分自身で直接確認出来る範囲という比喩です。
誰かを介在した話しには、悪気が有る無しに関わらず人の感情が入っているものです。まして悪意があればどの様にでも意図的に印象操作されてしまいます。
「聞いた話し」を鵜呑みにせず、自分にとって重要な話しであればその当事者に直接確認しなければなりません。つまり、半径1メートル以外から入って来た情報を自分の半径1メートルに持ってこなければ真実は見えません。
自分にとってさほど重要な話しではないと判断した場合はそのまま聞き流しておけばいいのですが、その話しから誰かの印象を決め付けたり、その話しをそのまま誰かに言って歩く事はいけません。
間違った情報、あるいは意図的に悪意のある情報を拡散する手助けをあなたがする事になってしまいます。自分に悪意がなくても結果的に荷担する羽目になればそれはダルマ・カルマの対象となります。

一元観の教訓

一元観とは、ものごとの善し悪しを自分の都合で決めないという意味です。ものごとを自分の都合で善し悪しとジャッジするのは二元観です。
雨を例にとってみると、それを恵みと思う人もいれば不都合と思う人もいます。しかし雨自体に善し悪しはありません。雨は雨として自然の摂理に従って存在しているだけです。それを人々が勝手に今の自分の都合に合わせて価値観を決め付けているだけです。
昨日まで重宝したものが明日にはゴミに変わる。人の価値観とは実にあてにならないものです。この様に人生の出来事に対して、あるいは人間関係に対して、今の自分の都合によって良い悪いと受け取ってはいけません。特に自分の感情で人を裁くような事をしてはいけません。
一見都合の悪い出来事もそれはそれとして一端受け止める。理不尽な人間もその人はその人として一端受け止める。人によって、あるいは時間によってそれらの善し悪しは変化しますので、実際にそれは良くもあり、悪くもあり、そしてどちらでもないのです。
この様に一元観をもって生きる事で誰にも振り回されない自律した自分を築いていく事が出来ます。

無常の教訓

この世に永遠はありません。すべてのものは常に変化し続けます。人も同じです。変わらないものがあるとすれば、それは「すべてが変わり続ける」という真理です。常というものは無い事を「無常」と言います。
これが分かると手に入れた名誉も地位も財産も人間関係にも執着を持たずに済みます。人生にも執着を持たずに生きていく事が出来ます。それは投げやりに生きる事とは違います。人生に心が縛られないからこそ人生を謳歌出来るのです。
人生は無常、どんなに執着を持ったところでいずれはすべて手放さなければならぬものです。それを悟れば自分にとって本当に大切なものは何なのか見えてくるはずです。

心の窓の教訓

人は目(視力)でものごとを見ているのではありません。いったん目に映ったものを心が認識してはじめて見たという現実になるのです。
つまり心が見ようとしていないものは目に映っていても見たという認識にはならないのです。今あなたの視界にも多くの情報が映り込んでいるはずですが、あなたが見たと認識しているものはその中のごく一部です。
それはあなたの心が見たいものを決めているからです。
もしあなたの心の窓が汚れていれば、そこから見える景色はきれいには見えないでしょう。そんな時は人の悪いところばかりが目に付くものです。心が純粋さに溢れていれば、どんな汚れた景色の中にも輝きを見出せるはずです。それは人に対しても同じです。今あなたに映る景色はどんな景色ですか。それは愛と希望に溢れていますか、それとも失望と不安が溢れていますか。それはあなたの心の窓の状態でもあるのです。

水の教訓

流れている水は腐りません。多少汚れていても生き物が暮らす事も出来ます。しかし流れのない淀んだ水は、すぐに腐ってしまいます。これは人生の運命・運気にも同じ事が言えます。動きを止めたら運気はどんどん低迷していきます。動きとは実際の行動だけではなく心の動きも重要です。
実際に行動出来ない時でも計画を練ったり、想いを馳せたり、心を動かす事は場所もお金も必要としません。人生がうまく行っている時は誰でも活発になるものですが、思う様に行かない時こそ自分の行動に変化を付けて行く事が大切です。
気が滅入る時こそ人と会ったり、旅行に行って気分転換をすると滞った運気にも動きが出てくるものです。命ある限り、私たちは清らかな水の様に変化していく事、動く事を求められています。

怒りの教訓

怒りの感情が湧き上がる時、その怒りの感情の発生源を知る事で怒りの火を消す事が出来るようになります。
怒りは一つではありません。裏切られた相手を許せないとします。それは相手への信頼を通り越して依存心があるからです。信頼を相手にも求め過ぎている自分の過剰な気持ちが怒りをいつまでも消せないのです。
自分の感情に執着心の強い人は、自分の思い通りにならない時に恨みが出て来ます。

  • 人を軽視する癖のある人は、自分よりも優れた人に対して怒りが出ます。
  • 独占欲の強い人は、嫉妬心から怒りが出ます。
  • けちな人は、独り占め出来なかったときに物惜しみの怒りが出ます。
  • 批判精神の強い人は、自分と価値観の違う人に対して反抗心から怒りが出ます。
  • 過去に囚われて生きている人は、後悔の念から怒りが出ます。

様々な怒りを放っておくと自分で怒りの感情をコントロール出来なくなります。そうなると仕返しをしたい、他人を不幸にしたいという欲求が生まれます。こういう精神状態では簡単に悪霊や邪霊に憑依されさらにコントロールを失います。

八正道の教訓

八つの正しい生き方を説いた教えです。
正見(しょうけん)、正思(しょうし)、正語(しょうご)、正業(しょうぎょう)、正命(しょうみょう)、正精進(しょうしょうじん)、正定(しょうじょう)、正念(しょうねん)
八正道は一つ一つの教えにこれまで挙げた法則や教訓が含まれています。長くなるのでオンライン講話にて分かりやすく説明致します。