臓器移植について

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人間の死は、何を持って死とするか。
死後の人間の臓器移植の賛否。

まずは以下ニュース記事より

低酸素性脳症で入院していた6歳未満の男児が9日午後2時5分、臓器移植法に基づく脳死と判定されたと発表した。6歳未満の脳死の公表は23例目。家族が臓器提供を承諾した。
心臓と腎臓は10歳未満の男児と10代の男性にそれぞれ移植。肝臓は10歳未満の女児に移植される。他の臓器は適合者がいないか、医学的理由で移植を見送った。
男児の家族は移植ネットを通じて「どなたかの体と共に生きていてくれることを願っています。願わくば親より生きてください」とのコメントを出した。

さて、
この問題はまず「死」の定義についてです。

何をもって「死」と見なすか、それがすべての答えに通じます。
この記事では、脳死はその人間の「死」と見なしています。

意思疎通が不可能となった段階を死と見なすという事でしょう。
自ら心臓を動かす事が出来ずに延命措置による生存もあります。これはどうでしょうか。

そして臓器移植は善なる行為なのか。
臓器移植が通例になった場合、人類は幸せになるのだろうか。
臓器移植により新たな人生を歩む人間がいる事も事実。

さて皆さん、この問題をどうお考えでしょうか。
皆さん自身にも、皆さんの身近な人にも、誰にでも起こりうる問題です。
この問題は、残された人の為にも遺書に書き留めておく必要があります。またはその意思をしっかりと伝えておく必要があります。

霊的視点で見るとこれらの問題はどう捉えるのか。
このテーマは皆さん自身がしっかりと考え、自分なりの答えを出した後に聞いた方がよろしいかと思います。
答えが出ない、というのも答えの一つです。
「考える」事が大切です。

この問題は後日「ふかVOICE」でじっくりとお話ししたいと思います。

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