当時は自分達のお墓が無かったので遠方の実家のお墓に埋葬しました。今は自分達のお墓があるので一緒にしたいと考えております。住職に相談した方がいいのでしょうか。
幼く他界した子供は、大人が他界するのとは異なり特に手厚いサポートを受け霊界に戻ります。
ですので、その点は何も心配する必要ありません。ほとんどの場合、短い寿命の子供たちはその役目を全うする事を理解した上で短い人生を送り卒業していきます。
はい、それではご質問ですが、近くに埋葬出来る事は良い事ですね。
ご相談者のお子様については、もうすでに「供養」を必要とはしていないと思いますが、供養ではなく「親しみの時間」という意味でのお参り、お祈りはとても喜ぶと思います。親としても良い心の時間となる事でしょう。
あとは物理的な問題として、手続き上ご住職に相談すればいいと思います。
魂入れ、とか魂抜きとか、その問題ではなくお墓を管理してもらっているお寺との連携はしておいた方が先々よろしいかと思います。
余談ですが、この子は前世でご相談者と近親にあった方ではないかと想像します。
おそらく姉妹だったのではないでしょうか。
生活は安定し困らずに生活できるかもしれませんが、私の中で変化が出てきている時に楽をして今の環境を変えても良いのだろうかと言う疑問が湧いたのです。
もしかしたら経済面ではまだまだ学ぶことがあり、そのために今の状況なのではないかと言うことです。
一度は自分の物質的価値観ではないかと辞退された事も書かれておりました。
霊的真理を学ばれている相談者ですので、自分の努力で生活をする「霊的価値観」と援助を受けて生活をする「物質的価値観」もしくは「他力本願」、そのような葛藤で悩まれている事と思います。
「楽だから生活保護を受ける」という動機であれば物質的価値観ですが、ご相談者の場合はすでに努力を重ねた結果で悩んでいる事だと思いますので、この問題の選択は現実的な生活状況を一番に考えられたらいいと思います。
その選択はどちらにしても霊的豊かさを損失する事にはならないと思います。
生活する事自体が困難な状況であれば、いったん生活保護を受け、心身や生活環境をいったん整え、その中で再度何かに挑戦する準備を始めるのも一つだと思います。
階段の踊り場で一度休憩するようなイメージも必要かもしれません。
生活保護は国民の権利ですのでそれをもらう事自体が誰かから施しを受ける事ではありません。
状況に変化が生まれているという事なので、最低限の生活が守られている状況でそのまま挑戦していけるのであれば、納得がいくまで挑戦する事も一つです。
いずれ、どのような選択をされたとしても今のご相談者の状況を想像すれば、間違った選択はないかと思います。
ご自身が一番幸せになる選択はどれか、そこを一番大切にして下さい。